ミナトミライ.

シンガーソングライター村上ユウタのブログ

センスがあれば、何でもできる。

アントニオ猪木さんが発言した「元気があれば何でもできる」という名言。

僕もその言葉に励まされたことがあります。
でも、元気がない人はどうすればいいのかということに関して疑問でした。
無理やり元気でいるもの違うと思うし。

僕はアントニオ猪木さんの「元気があればなんでもできる」という名言を実行できない元気がない人のために
センスがあれば何でもできるという言葉を提案したいと思います。

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「元気があれば何でもできる」で乗り越えるのは、レベルが高すぎる。

まずはアントニオ猪木さんの名言「元気があれば何でもできる」の「元気」について考えてみます。

 

そもそも元気とは

そもそも「元気」って何でしょう。
元気って、心の健康状態を表していたり、活動の源となっていたりするものだと思うんですね。

でも、その元気ってどうやって湧いてきたり保ったりしていられるんでしょう。
それが分からないと「元気があれば何でもできる」で乗り越えられるのは、元気がある人のみとなってしまいます。

元気じゃない人に「元気があればなんでもできる」と言っても、理解に苦しむ。なので、まずは何でもできるようになる元気を作らなくてはいけないですよね。 

元気の源ってどんなものがあるだろうと考えてみました。

  • 好きなバンドが新譜を出す
  • 好きな人と両思いだった
  • 好きな人からデートに誘われた
  • テストで100点取った
  • 給料が上がった
  • 突然の臨時収入が入った

あげればキリがないですけど、未来に希望を感じられるような時ですよね。

元気でいられているかどうか、またはどの程度元気なのかはその時々の過程の結果で決まると思うんです。

元気が無い状態で、何の根拠も無く無理やり元気ぶっていても、返済の兆しが無い状態で借金を抱えることと同じで心にもどんどん負担をかけていきます。がむしゃらな元気だけに身を任せる行動は、無計画ともいえる、ヤンキーが言う「気合いで乗り切る」にも同じことが言えます。


つまりヤンキーは、自分をハッタリで強く見せるため、ものすごいストレスと戦っている場合があります。

だからヤンキーは短命なのです。

生き急いでいるのです。

元気を維持することはとても難しい。

アントニオ猪木さんは、さらっと言っているように感じるけど、ただでさえ先々が不安な人生の中で、元気を維持させることはとても難しいこと。

元気だって限りがある。

元気に身を任せ、目標に向かってがむしゃらに行動したけど結果を出せなかった場合、ありったけのお金で遊ぶだけ遊んで無駄遣いして何も得られなかったことと同じになります。
それで、元気が無くなってしまったのにもかかわらず継続のため、無理やり頑張って空元気で踏ん張ったとしても、やはり一文無しが借金するのと同じくらいの負担になります。

元気も無駄使いしちゃいけない。


無駄に頑張ったからって報われない。

「頑張ったんだけどダメだった」なんて言い分けは言いたくないじゃないですか。

じゃあどうやってその元気の無駄使いを減らすか。

センスがあれば何でもできる。

僕はここからだと思うんです。

センスとは?

日本語で言うと、「感覚」です。
出来なかったことが出来るようになると今までとは違う感覚があります。

新しい感覚があると、その時の達成感だったり、できている自分に快感を覚えたり、
自信につながるもの。

センスに磨きをかける。

とてもシンプルですが、これに限ります。

センスを磨いてその輝きを見つければ、
可能性が広がって未来が楽しみになります。
自信に満ち溢れます。
最終的に、元気だって湧いてきます。

 

「センスを磨く」という行動も、頑張るための作業の段階のこと。
無駄にゴシゴシしても時間がかかる。

大事なのは、磨く作業に工夫をして、どうすれば早く輝くセンスを手に入れられるかを考えることが大事。

その道の必要なセンスをなるべく早く輝かせないといけない。

センスを磨くための一工夫をする

難しく考えすぎないこと。

急に「センス」と言われたら、天性のものだったり限られた人の言葉だったりするかもしれないけど、考え方を少し変えるだけでセンスを輝かすことができます。

30歳で弾けるようになったピアノで思ったこと。

ミュージシャンをやっている以上、色々な楽器に興味が湧いて、興味が湧いたものは弾けるようになりたいと思うのは当然のことだと思うけど、その中でも、ピアノを弾きながら歌っているシンガーにずっと憧れてました。

ただ、ピアノは普通の楽器よりもハードルは高く、小さい頃からの英才教育を経ていないと弾くことはできないというイメージに囚われていたせいか、家にあったピアノに度々触ってみても弾くことができず「やっぱりダメだ」と思い、何度も何度も諦めてきました。


でも、そんな僕にミラクルが起きました。

考え方を少し変えただけで、ある日突然弾けるようになった。

ピアノは才能がないと思っていた自分がなんと、ある日突然なんとなく鍵盤を眺めながらふと触ったピアノに新しい感覚に気づきました。

まさに「ビビッときた!」という言葉が合う瞬間。
脳みその途切れていた線がつなぎ合わさった感覚でした。

鍵盤の弾く右手左手の役目。

鍵盤の左手で引く位置は低音なので、バンドで言うところのリズム隊(ドラムとベース)。そして、右手で引く位置の高い音の部分が、バンドで言うところのウワモノ(ギターやキーボード)と考えて、右手と左手の役割分担を分けてみよう。と思い始めてからは、どんどん上達していきました。

人前でピアノを弾くことに慣れるためにも、恥をかく覚悟で少しずつステージでもピアノをチャレンジして、気付けば2年くらいで違和感なくライブでも弾きながら歌えるようになりました。

ただ、簡易的に弾けるようになっただけなので、皆さんが思っているようなピアニストみたいに弾くことを想像されると少し困りますが、歌いながら簡単に弾く程度はできるようになりました。

普段はcamome.と言うグループでピアノボーカル、ギターボーカルを務めていますが、「ピアノから音楽を始めたんですか?」とまで言われるようになったくらい。

その言葉を言われた時は、純粋に頑張ってよかったなぁと思いました。
自分がピアノを弾いているライブ映像を見ると、今でも不思議な気持ちになります。

でも、まだまだ基礎がなっていないので、これからもっと研究します。

できない事も、そのものの考え方を変えるだけで出来る可能性が生まれる。

僕のピアノが引けるようになった話で、何を伝えたいかというと、今まで全く修得できそうな兆しもなかったものも少し考え方や見方を変えて工夫すれば、できる気がしてくる感覚が生まれます。考え方を変えて工夫して磨いたセンスの輝きが垣間見えた瞬間です。

このできる気がする感覚というのがすごく大事で、その感覚に気づけばもうこっちのもの。モチベーションにも上がってどんどん上達していくと思います。

「できる気がする感覚」を見つけるまでは、いろいろなやり方を工夫することを考えて、どの部分を磨けばいいのかを見つけたら、畳みかけるように磨いていく。
たぶん、畳みかけるようになんて言われなくても、自分で手が進むと思います。

色々な人のやり方を盗んで試してみたり、本を見たり、Youtubeを見たりで、見つけていけばいいと思います。

がむしゃらに練習しても、遠回りするだけということが言いたい。

自分で磨いたセンスが輝けば、同時に元気も得られるし、センスの磨き方のセンスもわかってくるんじゃないかと思います。工夫すれば何でも出来るようになるんじゃないかって信じて、また新しいことにチャレンジしようと思います。